レイクスファームの歩み

辻家200余年の系譜

滋賀、野洲市吉川の地に生きる、私たち辻家の系譜を辿ります。辻家はもともと近江、琵琶湖で伝統の湖魚の仕掛け漁「やな」を受け継いできた「やな衆」でありました。戦国時代の明応2年(1493年)に既に「やな衆」に関する地誌がありますが、古くより自然と向き合い匠の技に生きる血が源流となり、江戸期には養蚕業を、また大正期には漬物加工業・辻市太郎商店を経営するなど数度の変遷を経て、農の匠を志すいまのレイクスファームに至ります。

歴代の代表

1600年代~1800年代後期
重次郎九良二良市太良市松

代々、びわ湖の漁人「やな衆」を受け継いできた辻家。

1700年代~1920年
重次郎九良二良市太良市松良一

江戸期より明治、大正時代まで、養蚕業を営みます。

1912年
市太良市松

・大正1年、養蚕業、市太良、繭の1等賞を授与される。

繭の一等賞

・乾物屋「辻市店」創業

辻市店をしていた家屋

1935年
市松良一

昭和10年、漬物原材料の生産から加工、販売の辻市太郎商店創業。

1938年
市松良一

・昭和13年、市松、繭の優等賞を授与される。

繭の優等賞

1943年
市松良一

昭和18年、乾物屋「辻市店」の廃業。

1950年
良一日良治

昭和25年、良一、奈良漬で農林厚生大臣賞授与される。

1955年〜
良一日良治

昭和30年代、良一、野洲川河川改良、浄水場設置などに尽力。

1978年
良一日良治市太郎

・昭和53年、奈良漬加工業の廃業。

それはオイルショック後に訪れた大きな転機でした。
半世紀以上にわたり続けてきた奈良漬加工業を廃業しました。

1979年
日良治市太郎

昭和54年、メロン栽培を始めました。

昭和54年、本格的な完熟堆肥づくりを始めました。

1995年
日良治市太郎

・平成7年12月先代の他界。

家業だけでなく、地域振興にも人一倍尽力してきた日良治ですが、平成7年急病に倒れ、50歳の若さで他界します。

1996年
市太郎

平成8年2月大雪でビニールハウス倒壊。

長男、市太郎の決意。

1999年
市太郎

平成11年、県の野洲川河川敷事業により、清子、ブルーベリー栽培始める。

・同年、清子、滋賀県指導農業士に任命される。

清子 滋賀県指導農業士

・同年、中瀬に農舎新築。

市太郎、清子が力を合わせてメロンや米作りを続けます。
トラクターなど農機も最新機種を導入、日々の田んぼ作業が市太郎に比重がかかるなかで、清子は路地やハウスでの野菜作りに注力していきました。

2007年
市太郎

平成19年、久美子、ブルーベリー栽培に取り組み始める。

2009年
市太郎

・平成21年、べったら漬の生産終了。

べったら漬 かけ紙

昭和53年に奈良漬をやめて以降も、需要もあり、自慢の大根を活かせることからべったら漬の加工は続けてきました。しかし、地球温暖化による品質劣化を理由に生産中止しました。
これからはカラダに優しい野菜を作りながら、無添加手づくりの漬物だけを続けていきます。

2011年
市太郎

・屋号を辻市太郎商店からレイクスファームに変更。

レタスや春菊などの葉物などいろいろな野菜づくりに、この頃から本格的に取り組み始めます。

2017年
市太郎

・平成29年台風21号襲来によりビニールハウス11棟倒壊、守山メロンの生産終了。

昭和54年にスタートして以来30有余年、かなりの労苦を強いられるメロン栽培、いつまで続けられるかの思いをくんだかのように、農業ハウスが倒壊の事態。
品質にこだわり情熱を傾けてきたメロン栽培ですが、ここで区切りをつけました。

2018年
市太郎

・平成30年、ビニールハウス5棟再建。

新しいハウスで作業

・同年、市太郎、滋賀県指導農業士に任命される。

米を核に耕作面積が増える中で、育苗ハウスの確保も重要です。
試験栽培の依頼が増えるなど農業技術者、市太郎への期待、要望も高まって、滋賀県指導農業士に任命されます。

2019年
市太郎

自宅隠居を味噌加工場に改装、味噌製造許可取得(久美子)。

・新生マーク作製、これからの夢を託す。

農の匠を目指し、新しいマークに夢を託して飛躍を期すこと。
構成はレイクスファームのLとFの組み合わせ、「匠」に見えるデザインを採用しました。

2020年
市太郎

・令和2年4月法人化。株式会社レイクスファームが発進。

農を次の世代につなげる仕事、カタチにしていく覚悟にこそ、法人化の理由があります。
あるべき未来像に向かって、着実に一歩、一歩歩んでまいりたいと思います。